はじめての衝突解決:リーダーが冷静に「伝える」技術とそのステップ
チームの衝突解決に初めて取り組む際、メンバーの話を「聴く」ことの重要性は広く認識されています。しかし、それと同じくらい、あるいはそれ以上に難しいと感じるリーダーが多いのが、「自分の考えや意図をメンバーに正確に、かつ冷静に『伝える』」という行為です。
特に意見が対立している状況では、リーダーの言葉一つで場の雰囲気が大きく変わる可能性があります。感情的に聞こえたり、一方的に指示しているように受け取られたりすると、メンバーの反発を招き、解決から遠ざかってしまうことも少なくありません。
このため、衝突解決の場では、リーダーが自身の立場、チームの目標、事実に基づいた情報、そして解決に向けた期待などを、誤解なく、落ち着いて伝える技術が不可欠になります。本記事では、はじめてチームリーダーになった方が、衝突解決の場でメンバーへ冷静に「伝える」ための基本的な考え方と具体的なステップを解説します。
衝突解決におけるリーダーの「伝える」重要性
衝突解決の話し合いでは、メンバーはそれぞれの主張や感情を抱いています。リーダーは、それぞれの立場や事実を整理し、チーム全体の状況や目指すべき方向性を提示する必要があります。この時、リーダーの「伝え方」が適切でなければ、以下のような問題が生じる可能性があります。
- 不信感の増大: 感情的な伝え方や曖昧な言葉遣いは、メンバーの不信感を招きます。
- 誤解の発生: リーダーの意図が正確に伝わらず、さらなる混乱を招く可能性があります。
- 非協力的態度の誘発: 一方的な指示や非難と捉えられると、メンバーは解決に向けた協力をためらうようになります。
- 話し合いの停滞: リーダーの言葉がメンバーの反発を生み、建設的な対話が困難になります。
これらの問題を避けるためにも、意図を明確に持ち、それを正確に伝える技術を身につけることは、初めて衝突解決に臨むリーダーにとって非常に重要なスキルとなります。
冷静に「伝える」ための基本姿勢
具体的なステップに入る前に、衝突解決の場で「伝える」際に意識しておきたい基本的な姿勢をいくつかご紹介します。
- 目的意識を持つ: 何のために、何を伝えたいのかを明確にします。「メンバーに理解してもらう」「次の行動につなげる」「チームの方向性を示す」など、伝える目的を意識することで、話がぶれにくくなります。
- 客観性を保つ: メンバーの主張や感情に影響されず、事実に基づいた客観的な視点を維持します。リーダー自身の感情に流されないよう注意が必要です。
- 公平な立場を示す: 特定のメンバーに肩入れすることなく、全てのメンバーに対して公平な姿勢で接していることを言葉や態度で示します。
- 敬意を忘れない: 意見が対立していても、相手への敬意を払うことを意識します。丁寧な言葉遣いは、相手にも冷静さを促す効果があります。
衝突解決でメンバーへ「伝える」基本ステップ
ここでは、衝突解決の場でリーダーが自身の考えや情報をメンバーへ「伝える」ための具体的なステップを解説します。
ステップ1:伝える内容を「整理」する
まず、自分がメンバーに何を伝えたいのかを明確にします。
- 伝えたいことの核: 今回の衝突状況を踏まえ、チームとして共有すべき情報は何でしょうか?(例: 問題の事実関係、チーム全体の目標、制約事項など)
- リーダー自身の考え/意図: リーダーとして、この状況をどのように捉え、どのように進めたいと考えているか?(例: 「皆にこの事実を認識してほしい」「チームとして〇〇の方針で進めたい」「皆の協力をお願いしたい」など)
- 伝えるべき「事実」と「意見/感情」: 伝える内容を、「実際に起きたこと(事実)」と「それに対する自分の解釈や感情、意見」に切り分けて整理します。特に、感情的になっている時ほど、事実と意見が混同しやすいため注意が必要です。
例えば、「Aさんの仕事が遅れたせいで全体の進捗が遅れている」と感じている場合、事実として伝えるべきは「〇月〇日時点で、Aさんの担当部分の進捗が予定より△日遅れている」であり、それに続く意見として「この遅れがチーム全体の納期に影響する可能性があるため、懸念している」といったように整理します。
ステップ2:感情と事実を「分離」する
リーダー自身が衝突に対して感情的になっている場合、その感情をそのままメンバーにぶつけることは避けるべきです。自分の感情を認識しつつも、伝えるべき内容はあくまで客観的な事実やチーム全体の視点に基づいたものに絞ります。
- 自己認識: 今、自分はどのような感情を抱いているのか(例: 苛立ち、不安、失望など)を客観的に把握します。
- 感情のコントロール: 感情的になったまま話すと、声のトーンや表情にもそれが表れ、メンバーに威圧感を与えたり、反発を招いたりしやすくなります。深呼吸をする、少し間を置くなど、冷静さを取り戻す工夫をします。
- 伝えるべき内容の再確認: 整理した「事実」や「客観的な情報」に焦点を当て、感情的な表現や主観的な非難を含んでいないか確認します。
ステップ3:伝える「タイミング」と「場所」を選ぶ
伝えるべき内容が整理できたら、それを伝えるのに最適なタイミングと場所を検討します。
- メンバーの状況: メンバーが感情的になっている真っ最中や、非常に疲れている時などは避けた方が良い場合があります。ある程度落ち着いて、話を聞く準備ができているタイミングを選びます。
- 話し合いのフェーズ: 問題の状況説明、原因の特定、解決策の検討など、話し合いのどの段階でリーダーが何を伝えるべきかを考慮します。
- 場所の雰囲気: 可能であれば、落ち着いて話せる場所を選びます。オープンな場所よりも、個別に話せるスペースの方が適している場合もあります。チーム全体に伝えるべき内容であれば、会議室などを確保します。
ステップ4:具体的な「伝え方」のテクニックを用いる
伝える内容と準備ができたら、いよいよメンバーに伝えます。ここでは、誤解を防ぎ、建設的な対話を促すための具体的な伝え方のテクニックを活用します。
- 「I(アイ)メッセージ」を使う: 相手を主語にして非難するのではなく、「私は〜と感じています」「私は〜と考えています」のように、自分を主語にして伝えます。これにより、相手は責められていると感じにくくなります。
- NG例: 「あなたのせいで〇〇が遅れています。」(Youメッセージ)
- OK例: 「〇〇の状況について、私は少し懸念しています。」(Iメッセージ)
- 「事実」と「解釈/感情」を明確に区別する: ステップ1で整理した内容に基づき、「事実としては、〇〇が起きています。これについて、私は△△という懸念を持っています。」のように、客観的な情報と自身の主観を分けて伝えます。
- 具体的な行動や状況に焦点を当てる: 抽象的な表現や人格への言及は避け、「〜という行動(事実)が、△△という結果につながっています」のように、具体的で修正可能な点に焦点を当てて伝えます。
- NG例: 「あなたはいつもいい加減だ。」
- OK例: 「先日の報告書の〇〇の部分について、事実と異なる点があったため、少し心配しています。」
- 相手の立場への配慮を示す: 「あなたが置かれている状況も理解した上で」といった前置きや、「何か理由があったのかもしれないけれど」といった言葉を挟むことで、一方的な伝え方ではないという姿勢を示せます。ただし、過度に回りくどい言い方にならないよう注意が必要です。
- 結論や期待を明確に伝える: 最終的にメンバーにどうしてほしいのか、何を目指したいのかといった結論や期待を明確に伝えます。曖昧なままでは、メンバーはどのように行動すれば良いか分かりません。
- OK例: 「この状況を踏まえ、今後は〇〇のように進めていきたいと思います。皆さんの協力をお願いします。」
ステップ5:伝えた後の「反応」を聴く
伝え終わった後、そこで話を終わりにしないことが重要です。メンバーがどのように受け止めたのか、何か疑問や反論はあるのかを聴く姿勢を示します。
- 質問を促す: 「何か疑問点はありますか?」「今お伝えしたことについて、皆さんの考えを聞かせてください。」のように、メンバーからの反応を引き出す質問を投げかけます。
- メンバーの言葉に耳を傾ける: メンバーからの反応があった場合は、再び「聴く」モードに切り替えます。批判的な意見が出たとしても、感情的にならず、まずは最後まで耳を傾けます。
- 理解を示す: メンバーの反応に対して、「〇〇ということですね、理解しました。」のように、受け止めたことを伝えます。必ずしも同意する必要はありませんが、まずは「聞いた」という姿勢を見せます。
ステップ6:必要に応じて内容を「調整」する
メンバーの反応を聴いた結果、伝え方が不十分だった点や、新たな情報が出てきた場合は、必要に応じて伝える内容や方法を調整します。一方的な「伝達」ではなく、メンバーとの「対話」を通じて、共通理解を深めていくプロセスであることを意識します。
- 説明の追加: メンバーが特定の点を理解できていないようであれば、補足説明を加えます。
- 自身の誤りの訂正: もしリーダー自身が伝えた内容に誤りがあった場合は、素直に訂正します。これは信頼を損なう行為ではなく、むしろ誠実さを示すことになります。
- 次の一手を考える: メンバーの反応を踏まえ、次にどのような話し合いや行動が必要かを検討し、再度伝えるべき内容を整理します。
衝突解決で「伝える」際のよくある落とし穴(NG行動)と回避策
はじめて衝突解決に臨むリーダーが「伝える」際、特に注意すべきNG行動とその回避策をまとめました。
- NG行動1:感情的に語気を強める、あるいは声を荒げる
- なぜNGか: メンバーを萎縮させたり、反発させたりして、冷静な話し合いを不可能にします。リーダーの信頼性も損なわれます。
- 回避策: ステップ2で解説したように、自身の感情を認識し、コントロールする訓練をします。話し合いの前に一度落ち着く時間を持つ、深呼吸をする、話す前に少し考える癖をつけるなどの方法が有効です。
- NG行動2:非難や人格攻撃につながる言葉を使う
- なぜNGか: 問題の解決ではなく、個人的な攻撃と受け止められ、メンバーは防御的になります。「〜さんのせいで」「あなたはいつもこうだ」といった表現は絶対に避けます。
- 回避策: ステップ4で解説した「Iメッセージ」や「事実に基づいた伝え方」を徹底します。具体的な行動や状況に焦点を当て、非難する言葉は一切使わないように意識します。
- NG行動3:曖昧な表現でごまかす、あるいは結論を避ける
- なぜNGか: リーダーの考えや方向性が不明確になり、メンバーは混乱します。「結局、どうすればいいの?」と不信感を持つことにつながります。
- 回避策: ステップ1で伝える内容をしっかりと整理し、ステップ4で明確な言葉を使って伝えます。結論や期待を具体的に述べることが重要です。
- NG行動4:一方的に話し続ける、メンバーの反応を無視する
- なぜNGか: リーダーからの「伝達」で終わり、メンバーとの「対話」になりません。メンバーは「聞いてもらえない」と感じ、話す意欲を失います。
- 回避策: ステップ5で解説したように、伝え終わった後は必ずメンバーに反応を求め、傾聴する時間を作ります。一方的な話し方になっていないか、自分の話す時間とメンバーが話す時間のバランスを意識します。
- NG行動5:リーダー自身の誤りを認めない
- なぜNGか: 自分の非を認めないリーダーは、メンバーからの信頼を得られません。また、問題の真の原因究明を妨げることがあります。
- 回避策: 事実に基づき、もし自身に非があったり、判断を誤っていたりした場合は、それを認める勇気を持ちます。謝罪が必要な場合は誠実に行います。
まとめ:伝えるスキルは実践で磨かれる
衝突解決の場でリーダーが冷静に「伝える」技術は、一朝一夕に身につくものではありません。しかし、今回ご紹介した基本姿勢とステップ、そしてNG行動を意識することで、着実に向上させることが可能です。
初めての衝突解決は、誰にとっても不安が伴うものです。完璧を目指す必要はありません。まずは、感情的にならず、事実に基づき、相手への敬意を持って伝えることを意識するところから始めてみてください。そして、伝えた後にメンバーの反応を注意深く「聴く」ことを忘れないでください。
「伝える」ことは、単なる情報の提供ではありません。それは、メンバーとの信頼関係を築き、共通理解を生み出し、チームを前進させるための重要な一歩です。今回の記事が、あなたが自信を持って衝突解決に臨むための一助となれば幸いです。