はじめての衝突解決:対立意見の「事実」と「感情」を切り分けるステップ
チームリーダーとして、チームメンバー間の意見の対立や衝突に直面することは避けられません。特に初めてリーダーになった方にとっては、メンバーの感情的な言動にどう対応すれば良いのか、戸惑いや不安を感じることも多いでしょう。
感情的な衝突は、問題の本質を見えにくくし、建設的な話し合いを困難にします。リーダーが冷静に問題を解決するためには、対立している意見の中に含まれる「事実」と、それに紐づく「感情」を切り分けて捉えるスキルが不可欠です。このスキルは、感情的なやり取りに巻き込まれず、真の課題解決へとチームを導くための土台となります。
この記事では、初めて衝突解決に取り組むリーダーに向けて、対立する意見から「事実」と「感情」を切り分けるための基本的なステップを、具体的なアプローチとともに解説します。
なぜ「事実」と「感情」の切り分けが重要なのか
意見の対立が発生する際、メンバーはしばしば感情的な言葉や態度で不満や主張を表現します。例えば、「いつも私ばかり大変な思いをしている!」といった発言には、「タスク配分への不満」という感情と、「実際に他のメンバーよりも多くのタスクを抱えている状況」といった事実(あるいは本人がそう認識している事実)が混ざり合っています。
リーダーがこの発言に対して、感情的な部分にだけ反応したり、事実確認をせずに安易な判断を下したりすると、問題はさらにこじれてしまいます。
「事実」と「感情」を切り分けて捉えることによって、以下のメリットが得られます。
- 冷静さを保つ: 感情的な言葉に引きずられず、状況を客観的に分析できます。
- 問題の本質を見抜く: 感情の背後にある具体的な状況や事実関係を把握し、解決すべき真の課題が明確になります。
- 公平な対応: 感情論に偏らず、事実に基づいて状況を判断し、公平な解決策を模索できます。
- 建設的な対話の促進: 感情を受け止めつつも、議論の焦点を解決すべき事実に戻すことで、生産的な話し合いを促せます。
事実と感情を切り分けるための基本ステップ
ここでは、対立する意見から事実と感情を切り分けるための具体的なステップを解説します。
ステップ1:リーダー自身が冷静さを保つ準備をする
メンバーの感情的な言動に触れると、リーダー自身も感情的に反応してしまうことがあります。まずは、自分自身が冷静に対応できる状態を作ることが出発点です。
- 具体的な行動:
- 衝突の場面に立ち会ったら、すぐに反応せず、一度深呼吸をするなどして間を置きます。
- 可能であれば、少し時間を置いてからメンバーから話を聞く場を設定します。これにより、自分自身も感情的な高ぶりを落ち着かせることができます。
- 話を聞く際は、「これは仕事上の問題であり、個人的な攻撃ではない」と意識し、客観的な姿勢を保つように心がけます。
- NG行動:
- メンバーの感情的な言葉に対して、すぐに反論したり、感情的な声色で応酬したりすること。
- 問題の解決よりも、自分の正当性を主張しようとすること。
ステップ2:メンバーの発言を「事実」と「感情」に分けて聞く意識を持つ
メンバーの話を聞く際に、「この人は今、何について(事実)」「どのように感じているのだろう(感情)」という二つの視点を持つことが重要です。言葉の表面だけでなく、その背景にある具体的な出来事や、それに対する本人の気持ちに注意を向けます。
- 具体的な行動:
- メンバーの話を遮らず、最後まで傾聴します。
- 話されている内容のうち、具体的に何が起こったのか(いつ、どこで、誰が、何をしたのか)という「事実」に関する情報と、「不満だ」「不安だ」「嬉しい」「大変だ」といった「感情」を表す言葉や声のトーン、表情などに注意を向けます。
- 全ての言葉を額面通りに受け取るのではなく、「この言葉の裏にはどんな感情や伝えたい事実があるのだろう」と推測しながら聞きます。
- NG行動:
- メンバーの話の途中で結論を急かしたり、「結局何が言いたいの?」と突き放したりすること。
- 感情的な言葉だけを捉えて、「感情的になるな」と頭ごなしに否定すること。
ステップ3:聞いた内容を「事実」と「感情」に言語化して整理する
聞き取った内容を、リーダーの頭の中で、あるいはメモを取るなどして、「事実」と「感情」に分けて整理します。このとき、「Aさんは〇〇という事実について、△△と感じているようだ」というように、主語(誰が)と目的語(何について)を明確にして構造化します。
- 具体的な行動:
- 例1:メンバー「Aさんが全然協力してくれないから、私のタスクが終わらないんです!」
- → 事実(メンバー視点): 「Aさんによる協力が不足している」「自分のタスクが完了していない」
- → 感情: 「不満」「困惑」「焦り」
- 例2:メンバー「このやり方だと非効率的すぎます。もっと早くできるはずです。」
- → 事実(メンバー視点): 「現在のやり方」「それによるタスクの進捗状況(遅いと認識している)」
- → 感情: 「不満」「改善したいという意欲」「(非効率であることへの)いらだち」
- 具体的に、いつ、どのような状況で、誰から、どのような言動があったのか、といった点を事実として切り出そうと試みます。
- 例1:メンバー「Aさんが全然協力してくれないから、私のタスクが終わらないんです!」
- NG行動:
- メンバーの感情的な言葉をそのまま鵜呑みにして、それが事実だと決めつけること。
- 事実関係を曖昧なままにして、感情論だけで整理してしまうこと。
ステップ4:整理した内容をメンバーに確認する
リーダーが理解した「事実」と「感情」が、メンバーの意図と合っているかを確認します。これは、メンバーに「ちゃんと話を聞いてもらえている」という安心感を与え、信頼関係を構築する上で非常に重要です。また、リーダーの理解が間違っている場合は、この段階で修正できます。
- 具体的な行動:
- 「〇〇という事実について、△△と感じていらっしゃるのですね」「つまり、こういう状況が起きていて、それに対して▲▲という気持ちなのですね」といった形で、整理した内容をメンバーに伝えて確認を求めます。
- 確認の際は、リーダー自身の解釈や評価を入れず、あくまで聞いた内容を客観的に言い換えるようにします。
- メンバーからのフィードバックを受け止め、必要に応じて理解を修正します。
-
NG行動:
- 確認する際に、「つまり、あなたが言いたいのは〇〇ということですよね(どうせ△△なんでしょう)」と、メンバーの気持ちを決めつけたり、誘導したりすること。
- メンバーからの修正を受け入れず、自分の理解だけを押し通そうとすること。
-
具体的な会話例:
- メンバー:「もう、あのやり方は絶対嫌です!非効率だし、誰も得しない!」
- リーダー(NG例): 「でも、会社のルールで決まってるんだから仕方ないだろう。感情的になるなよ。」
- リーダー(良い例): 「〇〇さん。そのやり方について、非効率だと感じていて(感情)、もう続けたくないのですね(感情)。具体的に、どの部分が、どのような点で非効率だとお感じでしょうか? (事実の確認へ誘導)」
- 別の良い例:「△△のやり方で、■■という状況が起きていて、それに対して▲▲というお気持ちなのですね。お話ありがとうございます。」
ステップ5:事実に基づいた問題解決の議論につなげる
メンバーの感情を受け止め、事実関係の確認ができた後は、解決すべき「事実」に焦点を当てて、建設的な議論を進めます。感情は重要な情報源ですが、解決策を考える段階では、具体的な行動や状況といった事実に根差した話し合いが必要です。
- 具体的な行動:
- 「今お話しいただいた状況を踏まえて、今後どうすればこの問題(事実)を解決できるか、皆で考えてみましょう」と、議論の焦点を明確に示します。
- 感情的な表現が出た場合も、「その点については、〇〇さんがそう感じているということは理解しました。次に、具体的にどうしていくべきか、事実に基づいて考えたいのですが」のように、感情を否定せず、そっと事実に基づく議論に戻す声かけをします。
- 具体的な行動、期限、担当などを明確にする方向に議論を誘導します。
- NG行動:
- 感情的な議論に逆戻りさせたり、蒸し返したりすること。
- 事実確認が曖昧なまま、場当たり的な解決策を提案すること。
よくある落とし穴とその対策
- 落とし穴1:リーダー自身が感情的になる
- 対策: 事前の心構え(これは仕事だと割り切る)、物理的な距離を置く、深呼吸、信頼できる第三者(上司など)に相談する。
- 落とし穴2:感情的な言葉に引きずられて、事実を見失う
- 対策: メモを取りながら聞く習慣をつける、話を聞いた直後に冷静に事実と感情を書き出してみる、一度に多くの情報を受け止めようとせず、一つずつ整理する意識を持つ。
- 落とし穴3:感情そのものを否定してしまう
- 対策: 「そう感じているのですね」「お辛かったですね」など、感情そのものに理解を示す言葉を添える。「感情的になるのはやめなさい」といった否定的な言葉は避ける。感情は否定せず受け止め、解決するのは事実に基づく課題であるという意識を持つ。
- 落とし穴4:一方のメンバーの感情や「事実認識」(誤った情報を含む可能性)に流されて、もう一方のメンバーの話を十分に聞かない
- 対策: 必ず両方のメンバーから個別に、または公平な場で話を聞く機会を持つ。それぞれの「事実認識」が異なる場合があることを理解し、客観的な証拠や第三者の意見なども参考に、可能な限り正確な事実関係を把握しようと努める。
まとめ
初めてチームリーダーとして衝突解決に臨む際、メンバーの感情的な言動にどう対応するかは大きな課題です。しかし、対立する意見の中に含まれる「事実」と「感情」を切り分けて捉える意識を持つことで、冷静に、そして効果的に問題に取り組む第一歩を踏み出せます。
ご紹介したステップは、最初は難しく感じるかもしれません。しかし、繰り返し実践することで、少しずつ身についていくスキルです。メンバーの話を注意深く聞き、事実関係を丁寧に確認し、感情には寄り添いつつも、議論の焦点を解決すべき事実に置くことを心がけてください。
このスキルは、チーム内の信頼関係を築き、より生産的な協力体制を構築するためにも不可欠です。感情に振り回されず、事実に基づいた冷静なリーダーシップを発揮することで、メンバーからの信頼も得られるでしょう。一つずつ、着実に実践してみてください。